いちご
会議の朝。
急に日程が変更されたからか、皆何となくバタバタしていて、あたしはアラゴルン様の姿を探すにも探せない程、人が沢山いた。
「・・・レゴラス王子まで見つからないし・・・これじゃぁ会うのも無理かも」
あたしがそう深く溜め息をつこうとしたその時、ふと右肩に誰かの手がおかれたのを感じた。
「、アラゴルンもうすぐ来るよ」
そう優しく言ったのはまぎれもなくレゴラス王子であった。
「マジですか!?うっわぁ〜・・緊張するなぁー・・あたし大丈夫ですか!?顔とかおかしくないですか!?」
「ハハ、大丈夫。十分綺麗だから」
「・・・・・王子って平気でそゆこと言いますよね・・・照れもなく。(ってゆかこっちが照れるんスけど)」
「そう?素直な意見なんだけど」
「エルフの男のヒトにしては珍しいですよ。皆クソ真面目で照れ屋だから」
あたしがそう言うと、王子は何となく冷たい表情になって、
「・・・・かもね。・・・・あぁ、アラゴルンも人のことよく褒めるよね。人間だから?」
と言った。
あたしは突然アラゴルン様の名前を出されてつい顔を赤くさせる。彼はそんなあたしを静かに見やると、スッと背を向けて
「・・・じゃぁ、アラゴルンが来たら すぐ貴女の所へ行く様にお伝えします。館の・・そうだな、僕の寝室にいておいてくれますか?」
と、急に優しく微笑みながらそう言った。
「王子の寝室ッスか!?あたしなんかが入ってもいいんでしょうか・・」
「うん、どうぞ。あんまり綺麗じゃないけど。くつろいでおいて」
彼はニッコリそう言って、またサッサと行ってしまった。
王子の寝室・・・・どうしよう・・ンなとこ入ったって他のエルフの女にでも知られたら絞め殺されるよ・・・(切実)
あたしは不安ながらも、ノコノコと館を横切り、王子の寝室の前まで来た。
その綺麗な柄のついた緑色のドアは、やはり「王子の寝室」という雰囲気に包まれていて、ノブに手をつけるのにも緊張した。
おそるおそるドアを開けると、そこには・・・・何も無かった、と言いたくなるくらい 物の少ない部屋だった。
大きなシングルベッドが一つと、小さなティーテーブル。ほとんどが白と緑で統一されてて、
ものすごく「レゴラス王子らしい」部屋だった。
大きな窓際にあるティーテーブルには分厚いエルフ語で書かれた本一冊だけ置かれていて、他は何もなかった。
ズカズカとベッドの近くまで歩みゆくと、枕もとに王子の金色のシルク糸のような髪が一本落ちていて、ものすごく色っぽさを感じた。
「すごいな・・・「金髪美女の部屋」ってゆわれても信じられそうに綺麗な髪・・・・」
あたしはまじまじとその髪を見つめて、ふと窓の外を見ると、王子がよくいる庭を見つけた。
「・・・アラゴルン様、もう来たかなぁ・・・こっからじゃ全然見えない」
あたしは仕方なく、そのティーテーブルの前にあった小さな細長い椅子に腰をかけた。
その時だった。
「・・・・か?」
そう言って入ってきたのは、まぎれもなく、あの、アラゴルン様だった。
「・・・ア、アラゴルン・・・様?」
驚く程に髭がのび、少しやつれた彼の名を、あたしは涙が出るくらい嬉しい気持ちでそう呼んだ。
「見違えたぞ。あっという間に大人っぽくなって・・・元気でやっていたか?」
「はっ・・はい!!すっごく元気でした!アラゴルン様は?少しお痩せになられましたよね・・・!?」
「さすがに鋭いな、は。そうだな、ここの所忙しくて、なかなかここにも来れなかった。すまなかったね」
「いえ!!そんなっ、今日こうやってお会い出来ただけですごく幸せです・・」
「・・・・・元気そうで良かった」
そう言って、本当に嬉しそうに・・自惚れなんかじゃなくて、ホントにすごく嬉しそうに優しく目を細めた彼を見て、あたしはホントに泣きそうになった。
待って待って待ってやっと会えたあの彼が、あたしとの再会を喜んでくれている。
なんて幸せなんだろう。
もう望むものなんて何もない。ひとつもない。 ただ ただ幸せで・・・・・彼を心から愛していた。
「アラゴルン様、会議行かなくてよろしいんですか?時間、大丈夫なんですか?」
「あぁ、レゴラスが上手く言ってくれるとの事だ。心配する事はない」
彼はニッコリ笑って、あたしは密かに心の中で「ビバ ★レゴラス王子!!!」と叫んでいた。
あたし達は小会話を続け、あたしは今まであったことを彼にいっぱい話した。
やっぱりすこし疲れて見えたけど、彼はよくわらった。
あたしも、ニコニコが顔からずっととれないくらい、よく笑った。
二人でケラケラ笑い終わり、少し間が空いたその時。
彼は深刻そうな・・・少し違った顔つきになって、あたしを見つめた。
あたしの顔はあっという間に赤くなって、つい顔をそらしてしまうと、彼は小さな声で呟き始めた。
「・・・・・」
「ハイ?」
「・・・ここでの生活は・・・・その・・楽しいか?」
彼の口振りは、明らかに「試し」ている口調だった。
あたしは計算高い嫌な女だ。どう言えばいいか答えづらくって、言葉を詰まらせた。
「友達は沢山出来たろう?噂でよく聞くよ。レゴラスからも、エルフの親友がいるとの事を聞いた」
「・・・えぇ・・まぁ」
「きっといつかここを離れる日が来るとしたら、きっと寂しいだろうな」
「・・・・え・・」
あたしは固まった。
ここを去る日が来ると・・・・・・「したら」?
「でもまぁ、何も心配する事はないさ。君は、は一生ここにいられる。無理して動く事などない」
「アラゴルン様・・・・・?」
「大丈夫だよ、君はもう十何年もここに住んでるんだから」
普段あまり喋らないアラゴルン様が、「止められない」というくらいに必死な顔であたしにそう語り続けた。
あたしは彼が、あたしとの約束の事を話しているんであろう事なんて、すぐに見抜いてしまった。
「ここにいる皆がの事を好きだよ」
別にエルフになんて好かれなくったっていいよ。
「もうここのエルフの皆は君の家族同然さ」
あたしの家族は貴方だけでいいのに!!!!!
「だから、君はここに残るべきだよ」
あたしはただ、貴方といたいだけなのに・・・・・
「・・・・私は、ある女性と結婚を決めたんだ」
ああ、もう大沈没。
あたしはもう何も言えなかった。ただ黙る事しか出来なかった。
だって、今のあたしに何が言えるというのだろう。
一生の中で一番悲しかった思い出があるとしたら、それはこの瞬間に違いない。
あたしはそう思いながら、今にも涙があふれ出そうな目をきつく閉じ、唇をギュッと噛みしめた。
「・・・」
「出てってください」
「出てけってゆわれても、ここ僕の部屋なんだけどな」
ベッドに思いっきりつっぷしているあたしに、ドアにもたれかかったレゴラス王子はそう淡々と言った。
「もう最悪。早く死にたい」
「・・・ごめんね。・・・婚約者いる事黙ってて」
「・・・別にいいです。あたし多分貴方なんかから聞いても信じようとしなかったと思うから」
あたしは鼻声で、顔を突っ伏したままグスグスとそう言った。
「・・・・ねぇ。結婚するってゆわれた後・・・どうしたの?」
「・・・・別に何も」
「何もってどういう事?」
「だから別に何も無かったんだってば!!!!」
バッと顔をあげて、すごい剣幕でそう叫んだあたしを、王子は微動たりともせずに見つめていた。
「何も言わなかったよ!!!ただ、ただあたしは、「そうですか」・・って・・・「そうですか、おめでとう御座います」・・って・・・!!!
彼もただ、「有り難う」ってゆって、それで、あたしを引き寄せて、抱きしめっ・・・」
また泣き崩れたあたしを見ても、レゴラス王子はアラゴルン様みたいにオロオロしなかった。
ただ黙って、ベッドの横に座り込んだあたしのすぐ横にしゃがんで そっと肩を寄せた。
あたしはすごく弱っていて、すごくすごく弱っていたから、彼にしがみついて泣いてしまった。
「好きだったの、ホントにホントに、好きだったの・・・!!!ずっとずっと、好きだったの・・!!好きだったのに・・・っ!」
「・・・うん、知ってるよ・・」
「・・・あの時、あたし・・・ゆえばよかった・・・?馬鹿、愛してたのに・・・って・・・ひっ・・ゆえばよかった・・・?」
「・・・・・ううん。は偉かったよ。・・・ちゃんと「おめでとう」ってゆって、偉かった」
「うっ・・ホントに・・?あたし・・・後悔しない?・・一生、後悔しない・・?!」
「・・・言っても、言わなくても、後悔するよ。・・・・アラゴルンは、君の気持ち・・・・知ってたんだから」
わかってたはずなのに。
改めて言われると、苦しくて、悔しくて、恥ずかしくて、息も出来ないくらい辛い。
「・・・レゴラス様・・・あたし・・・あの人が憎いよ・・・・婚約者も、みんなみんな、大っ嫌いだよ・・・」
あたしは彼の腕にしがみつきながらそう言った。
コントロールなんてもう効かない。
泣く事しか、あたしの脳はあたしのカラダに指令しない。
「大丈夫だよ」
彼はあたしを支えた状態のまま、耳元でそう静かに囁いた。
「が世界中の人々を嫌いでも 僕はをずっと好きだから」
ねぇ、ごめんね
あの時、あたしの心にはどんなコトバも、どんな囁きも、入って来なかったんだ。
でも、今ならもう笑って貴方の側で言えるよ
神様のバカヤロウ。あたしは彼が死ぬほど好きでした。
いちご 第二章 おわり
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